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東京地方裁判所 平成2年(ワ)13200号 判決

一〇九八四号事件原告、一三二〇〇号事件被告(以下「原告」という。)

破産者浦田芳博破産管財人兼

破産者浦田冨士代破産管財産人川島英明

一〇九八四号事件被告(以下「被告兼松」という。)

兼松商事株式会社

右代表者代表取締役

兼松保夫

右訴訟代理人弁護士

森虎男

一〇九八四号事件被告、一三二〇〇号事件原告(以下「被告菱和」という。)

菱和株式会社

右代表者代表取締役

原潔

右訴訟代理人弁護士

若山保宣

主文

一  被告兼松は、原告らに対し、別紙物件目録記載の一の土地及び同目録記載の二の建物について東京法務局江戸川出張所平成二年四月一〇日受付第一四六〇八号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  被告菱和は、原告らに対し、第一項記載の抹消登記手続を承諾せよ。

三  被告菱和は、原告らに対し、別紙物件目録記載の一の土地について東京法務局江戸川出張所平成二年三月二九日受付第一二五七九号の根抵当権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。

四  被告菱和は、原告らに対し、別紙物件目録記載の二の建物について東京法務局江戸川出張所平成二年三月二九日受付第一二五八〇号の根抵当権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。

五  被告菱和の原告らに対する請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、一〇九八四号事件について生じた部分は被告兼松及び被告菱和の負担とし、一三二〇〇号事件について生じた部分は被告菱和の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(一〇九八四号事件)

一  請求の趣旨

1 主文第一項から第四項までと同旨

2 訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(一三二〇〇号事件)

一  請求の趣旨

1 被告菱和と原告らの間において、被告菱和が原告らに対し別紙債権目録記載の破産債権を有することを確認する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(原告ら)

1 主文第五項と同旨

2 訴訟費用は、被告菱和の負担とする。

第二  当事者の主張

(一〇九八四号事件)

一  請求原因

1 東京地方裁判所は、平成二年八月一日、浦田冨士代(平成二年(フ)第五一四号)及び浦田芳博(同年(フ)第五一五号)に対し、それぞれ破産宣告をし、いずれも原告が右両名(以下「浦田ら」という。)の破産管財人に選任された。

2 浦田らは、別紙物件目録記載の一の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録記載の二の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と本件建物を合わせて「本件不動産」という。)について、それぞれ二分の一の共有持分を有している。

3 本件不動産について、浦田らから被告兼松に対する売買を原因とする東京法務局江戸川出張所平成二年四月一〇日受付第一四六〇八号の所有権移転登記(以下「①の登記」という。)がある。

4 本件不動産について、根抵当権者を被告菱和、債務者を株式会社ジェー・ティー・ケー・ジャパン(以下「訴外会社」という。)とする東京法務局江戸川出張所平成二年四月一九日受付第一六一四三号の根抵当権設定登記(以下「②の登記」という。)がある。

5 本件土地について、権利者を被告菱和、債務者を訴外会社とする東京法務局江戸川出張所平成二年三月二九日受付第一二五七九号の根抵当権設定仮登記(以下「③の登記」という。)がある。

6 本件建物について、権利者を被告菱和、債務者を訴外会社とする東京法務局江戸川出張所平成二年三月二九日受付第一二五八〇号の根抵当権設定仮登記(以下「④の登記」という。)がある。

7 よって、原告らは、本件不動産の共有持分権に基づき、

(1) 被告兼松に対し①の登記の抹消登記手続

(2) 被告菱和に対し、①の登記の抹消登記手続の承諾並びに③の登記及び④の登記の各抹消登記手続

を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告兼松)

1  請求原因1から3の事実は認める。

2  請求原因7は争う。

(被告菱和)

3 請求原因1から6の事実は認める。

4 請求原因7は争う。

三 抗弁

(被告兼松及び被告菱和)

1  被告兼松は、津崎信司(以下「津崎」という。)に対し、平成二年二月八日、三五〇万円を、弁済期同年三月七日、遅延損害金日歩八銭二厘の約定で貸し渡し、同日、浦田らは、被告兼松に対し、津崎の債務を連帯して保証する旨約した。

2  被告兼松と浦田らの間において、平成二年四月一〇日、浦田らの右債務を担保するため、右債務が弁済されるまで本件不動産の所有権を被告兼松に移転するとの売渡担保契約を締結した。

(被告菱和)

3 被告菱和は、訴外会社に対し、別紙債権目録記載の一、二及び五のとおり金銭を貸し渡し、浦田らは、被告菱和に対し、訴外会社の債務を連帯して保証する旨約した。

4 被告菱和と浦田らの間において、平成二年一月一九日、訴外会社の右債務を担保するため、本件不動産について、次のとおりの抵当権設定契約を締結した。

極度額 一〇〇〇万円

被担保債権の範囲 金銭消費貸借取引、保証取引、手形割引取引、保証委託取引、手形債権、小切手債権

元本確定期日 定めなし

四 抗弁に対する認否

(被告兼松及び被告菱和に対して)

1  抗弁1及び2の事実はすべて否認する。

(被告菱和に対して)

2 抗弁3及び4の事実はすべて否認する。

五 仮定再抗弁

仮に、被告らの抗弁事実が認められるとしても、原告らは、浦田らの本件連帯保証行為、売渡担保の設定行為及び抵当権設定行為(以下「本件保証等行為」という。)について、次のとおり、破産法七二条五号に基づいて、本件訴状により否認権を行使する旨意思表示し、同訴状は、平成二年九月二五日までに被告らに送達された。

1  浦田らは、遅くとも平成二年五月八日には支払停止となったので、本件保証等行為は、破産者の支払停止の前六か月以内の行為に当たる。

すなわち、津崎及び同人が代表取締役となっていた訴外会社は、平成二年四月九日ころ、不渡小切手を出して事実上倒産したところ、同月七日ころから多数の債権者が浦田らの家に押しかけ、連帯保証人として弁済するよう迫った。浦田らは、当初自己らの保証額は三〇〇万円程度と考えていたが、その際、その額が六〇〇〇万円以上であることを知らされ、自己らの資力では債務の支払ができないと考えた。そこで、浦田らは、直ちに小山明敏弁護士に相談し、同弁護士は、同年五月八日、各債権者に対し、浦田ら個人に対しては直接請求しないこと及び債権整理を考えていることとの通知書を発送した。

2  浦田らは、本件保証等行為をするに当たり、津崎及び訴外会社から何らの対価も得ていないので、本件保証等行為は無償行為に該当する。

六 仮定再抗弁に対する認否

(被告兼松及び被告菱和)

1  仮定再抗弁事実のうち、否認権行使の意思表示があったとの事実は認めるが、その余の事実は否認する。

2  本件保証等行為は、破産法七二条五号に定める無償行為に該当しない。

すなわち、債権者は、破産者の保証があればこそ主債務者に対し金銭を貸し付けたのであるから、このような場合にまで無償否認を認めることは、取引の安全を害することになる。したがって、保証行為についての無償性の有無は、受益者たる債権者を基準にして考えるべきであり、破産者の保証と引き換えに又はこれを条件として債権者が主債務者に出捐をした場合には、保証行為は無償行為とはいえないものと考えるべきである。

3  原告らは、浦田らに対する破産債権のほとんど全てについて否認権を行使しており、その結果、破産債権者がいないような状態を招来させている。このように残った破産債権だけでは積極財産の方が多くなるような場合には、否認権を行使することは許されない。

(一三二〇〇号事件)

一  請求原因

1 東京地方裁判所は、平成二年八月一日、浦田冨士代(平成二年(フ)第五一四号)及び浦田芳博(同年(フ)第五一五号)に対し、それぞれ破産宣告をし、いずれも原告が右両名の破産管財人に選任された。

2 被告菱和は、訴外会社に対し、別紙債権目録記載の一、二及び五のとおり金銭を貸し渡し、浦田らは、被告菱和に対し、訴外会社の債務を連帯して保証する旨約した。

3 被告菱和は、本件破産手続において、別紙債権目録記載の一から七までの合計七一六万五四四〇円を破産債権として届出たが、原告らは、平成二年一〇月四日の債権調査期日において、右破産債権全額について異議を述べた。

4 よって、被告菱和は、原告らに対し、右破産債権の確定を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1及び3の事実は認める。

2 請求原因2の事実は否認する。

3 請求原因4は争う。

三  仮定抗弁

仮に、被告らの請求原因2の事実が認められるとしても、一〇九八四号事件の五に記載したとおり、原告らは、浦田らの本件保証等行為について、否認権を行使する旨意思表示した。

四  仮定抗弁に対する認否

一〇九八四号事件の六に記載したとおり、仮定抗弁事実のうち、否認権行使の意思表示があったとの事実は認めるが、その余の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

(一〇九八四号事件について)

一被告兼松との関係においては請求原因1から3までの、被告菱和との関係においては請求原因1から6までの各事実は当事者間に争いがない。

二仮定再抗弁(否認権の行使の適否)について検討する。

1  破産者が義務なくして他人のためにした保証又は抵当権設定等の担保の供与行為は、それが債権者の主たる債務者に対する出捐の直接的な原因をなす場合であっても、破産者がその対価として経済的利益を受けない限り、破産法七二条五号にいう無償行為に当たるものと解すべきである。なぜならば、同号にいう無償行為として否認される根拠は、その対象たる破産者の行為が対価を伴わないものであって、破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であるため、破産者及び受益者の主観を顧慮することなく、専ら行為の内容及び時期に着目して特殊な否認類型を認めたことにあるから、その無償性は、専ら破産者について決すれば足り、また、破産者が主たる債務者に対し取得する求償権も権利の実現はほとんど期待できないから、当然には保証等の行為の対価として経済的利益に当たるとはいえないからである(昭和六二年七月三日最高裁第二小法廷判決、民集四一巻五号一〇六八頁)。

2  また、否認権の行使を受けた相手方は、否認された行為のあった後に破産者に対する債権が全て消滅し、総破産債権が現存しないことを主張して否認権行使の効果を否定することはできないものと解すべきである。なぜならば、破産手続は、破産者に総債権者の債権を弁済する能力がないため、破産者の全財産をもって総債権者の公平な満足を図るものであること、配当に与かることのできる破産債権は、債権の届出、債権調査期日における調査、債権確定訴訟等破産法所定の手続によって確定すべきものとされていること、債権の届出の期間内に届出をしなかった破産債権者も、配当から排除されるだけであって、破産債権を失うわけではなく、期間後の届出も許されていること、最後の配当については、その公告の日から一定の除斥期間を置くなど特に慎重な手続が要求されていることに照らせば、破産管財人がその職務を遂行するに当たり、破産債権者に分配すべき破産財団の確保のために、必要があるとして否認権を行使している以上、その相手方において、総破産債権の不存在を主張して否認権行使の効果を否定することは、右のような破産手続の性格と相いれないものとして許されないといわなければならないからである(昭和五八年一一月二五日最高裁第二小法廷判決、民集三七巻九号一四三〇頁)。

3  以上判示したところに従って、本件保証等行為についてされた否認権の行使の適否について検討する。

(1) 仮定再抗弁事実のうち、否認権行使の意思表示があったとの事実は当事者間に争いがない。

(2) 証拠(〈省略〉)によれば、訴外会社は平成二年四月九日ころ不渡小切手を出して事実上倒産したこと、浦田らは、同月七日ころ同人らの家を訪れた債権者の一人であるジャパン・エクセレント・カンパニーの社員から、訴外会社の借入金一覧表を示された上、浦田らが総債務額約六〇〇〇万円を保証していることになっている旨聞かされたこと、浦田らは、それまで同人らが何回かにわたって保証した訴外会社の債務についてはその都度返済しているとの津崎の言を信じていたため、驚いて津崎に確かめたところ、ジャパン・エクセレント・カンパニーの社員がいっているとおりであることが分かったこと、同月一〇日ころから一日五、六人の債権者が浦田芳博が勤務する会社に電話したり、浦田らの家に押しかけたりして、債務の弁済を迫ったが、浦田らは、保証債務は十何件もあり、総債務額も六〇〇〇万円に上るから、支払はできない旨対応したこと、浦田らは、自己らの財産や給料をもっては右保証債務の弁済は到底できないと考え、同月二〇日ころ小山明敏弁護士に債務の整理を依頼し、同弁護士は、同年五月八日、各債権者に対し、浦田ら個人に対しては直接請求しないこと、債権整理を考えていること等を内容とする通知書を発送したこと、浦田芳博の給料は月額約二二、三万円であるが、同月九日以降債権者五人から差し押さえられたため、手取りは一二万円ほどしかなく、また、同人の妻及び浦田冨士代のパート収入が各約一〇万円あるが、住宅ローンとして一二万五〇〇〇円強の返済をしなければならないため、浦田らは、やむなく本件破産の申立てに及んだものであることが認められる。

これらの事実によれば、浦田らは、平成二年五月八日には支払停止の状態にあったものということができ、したがって、本件保証等行為は、浦田らの支払停止の前六か月以内の行為であるということができる。

(3)  前記各証拠によれば、浦田らは、本件保証等行為をするに当たり、津崎及び訴外会社から何らの対価も得ていないこと、訴外会社は事実上倒産しており、浦田らの訴外会社に対する求償権の行使は全く期待できないことが認められる。そうすると、本件保証等行為は無償行為に該当するものということができる。

4  以上によれば、原告らの本件保証等行為に対する否認権の行使は、破産法七二条五号の要件を満たす有効なものというべきであるから、仮定再抗弁は理由がある。

三そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は理由があるから、これを認容することとする。

(一三二〇〇号事件について)

仮に、被告菱和の主張する請求原因事実が認められるとしても、原告らが本件保証等行為について行使した否認権の行使が有効なものであることは、一〇九八四号事件において判示したとおりである。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告菱和の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとする。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官秋山壽延)

別紙債権目録

一 金二五〇万円

被告菱和が訴外会社に対して平成二年一月一九日貸し渡した三五〇万円について、浦田らが連帯保証したことによる残元本二五〇万円の保証債務履行請求権

二 金一五〇万円

被告菱和が訴外会社に対して平成二年一月三〇日貸し渡した一五〇万円について、浦田らが連帯保証したことによる保証債務履行請求権

三 金一一万九五八円

一記載の二五〇万円に対する平成二年五月一九日から同年九月三日まで年一五パーセントの割合による利息債権

四 金五万九七九四円

二記載の一五〇万円に対する平成二年五月三〇日から同年九月三日まで年一五パーセントの割合による利息債権

五 金三〇〇万円

被告菱和が訴外会社に対して有する次の小切手金債権について、浦田らが連帯保証したことによる保証債務履行請求権

金額 三〇〇万円

振出地 東京都港区

支払人 株式会社三和銀行虎ノ門支店

振出人 訴外会社

所持人 被告菱和

六 金一万九七二六円

五記載の三〇〇万円に対する平成二年七月二六日から同年九月三日まで年六分の割合による利息債権

七 金一六万五四四〇円

被告菱和が立替え支払った根抵当権設定登記手続費用の立替金債権

別紙物件目録〈省略〉

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